海でも眺めに行くか。倉橋島の桂が浜へ。

生憎の曇りで、海は鉛色の不穏な景色。盆なんで海水浴客も多く、たいそぉ賑やか。ラップだかヒップホップだかがガンガン流れるレストランが建っとって、何やらがちゃがちゃしとる。以前は無料じゃったはずが有料の駐車場に変わっとる。

落ち着かんので、海辺は退散し桂浜神社へ。

多くの海水浴客や観光客は、この神社には興味ないらしい。全く人気がない。風介耕介は、境内の案内板などをじっくり読みながら、よぉやくのんびりした気分に浸ることができた。

落ち着かん桂浜は物足りんかったんで、もぉちぃと海を見とこぉと、アレイからすこじまへ。わし風介の餓鬼の時分は、そんな舌の絡まりそぉな名称はついとらんかったよ。見た目通りに「潜水艦桟橋」と呼ばれとった。

古くは海軍、現在は海上自衛隊の艦船が見られる場所。今日も、観光客がよぉけおった。カメラ片手に独りで来とる若い衆をたくさん見掛けた。男の子が軍艦好きなんは、昔も、わしの餓鬼時代も、ほいで今も、全然変わっとらんね。

アレイからすこじまの駐車場は、串山公園の麓。今を去ること40数年前、わしはこの辺の子でのぉ。串山は遊び場じゃったんよ。あちこちに戦時中の壕があって、その悉くが、餓鬼時分のわしらの陣地やら秘密基地になっとった。

串山周辺を歩いてみた。壕はたいそぉ頑丈なコンクリート製なんで、今もわしの餓鬼時分そのままじゃ。全部残っとった。残念ながら入口はすべて埋められ、潰されとる。頑丈な柵で囲まれて、入口に近づくことすらできん壕もあった.

串山山頂の公園に入ったとき、胸がズキッとなる光景が。ほいで、ちぃとばかし呼吸が止まった。わし55歳じゃよなぁ??? 今、西暦2014年じゃよのぉ???

古めかしいデザインのロケット型遊具・・・。びっくりした。餓鬼の頃遊んだものそのままじゃ! 昭和40年前後そのまんまじゃないかぁ???

若ぉはない歳と小柄じゃぁない体を忘れて、思わずロケットの中に突入。大人にゃぁきつい内部を、体をくねらせくねらせ、最上段へ。多少改造された箇所はあったが、餓鬼の頃のあの手触りじゃった。あの鉄の匂いがした。最上段から見下ろした風景はほとんど昭和の、あのまんまじゃった。

このロケット、あの頃のものなんかなぁ? じゃとしたら、偉い頑丈な遊具じゃなぁ・・・。

はしゃぐわしを見て、耕介も遊具の中へ。男ふたりが遊具の中で詰まってしまうんも格好悪いけん、まずは、わしが出てからのぉ。

見晴らしええじゃろ、耕介?

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